妹の『第四の山』は、全く”丘”ではありませんでした。
兄は、6年生の10月にどん底が来ました。
その予測のもと、妹の場合も、母は心の準備をしていたのですが…
妹の10月は、絶好調でした。
この好成績がいつまでも続くとは思ってはいませんでしたが…
妹のどん底は、冬期講習から1月1週目にかけてでした。
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母の想定外。
母:「なぜ今…」
もう、目の前が真っ暗でした。
家族みんな、
妹よっ!!!!
どうした?!どうした?!
状態。
何が原因だったのか。
私がつきとめたのは、年末も差し迫る時でした。
母妹、久しぶりに家族を巻き込んでの大げんかをし…
大抵の場合は2人の言い争いが始まると、父兄は逃げていくのですが。
この日は私が逃さなかった。
だって、家族全員の問題でもあったので。
その日の勉強が全て終わるまで、
・テレビのリモコン隠す
・ビデオのリモコン隠す
・switch隠す
・スマフォ隠す
・22時過ぎたらテレビ、ゲームはダメ
本番が終わるまで、
・YouTubeの閲覧制限
・漫画本の没収→売ると言って、一応隠しておきました
と、今までにない厳しい条件を出しましたが、父も母も兄も、同じ条件で生活を1ヵ月ほど、過ごしました。
この1ヶ月弱は、志望校別クラスで一気に順位を落とし、最後の模試でも合格判定が最悪で。
もう、悪夢としか言いようがなかったです。
が、それが最後のギアチェンジになったのか、冬休みが明けてからの追い上げは、ものすごかったです。
もう、これ以上やる事がない!
と、言えるくらい、やり尽くしました。
・夏合宿で使ったテキストを全てやり直し
・塾の平日授業で使っていた実践問題の4周目
・志望校過去問題の4周目
・5年生から受けた全ての模試の解きなおし
・志望校別クラスで使われた実践問題の3周目
そして、奇跡の如く残されていた、兄が使ってた過去問題集を1周。
兄は3年前にこの問題集を8周やったので、記念にとっておいたそうです。
:
相変わらず、時間ができればゲームとテレビは、ほんの数分でもやっていたのですが。
それは、父が頑なに
父:「全て禁止したらダメだ。ポキって折れる。ガス抜きできるところは少しでも残しておかないと」
と言うので。
色々と制限されていたので、受検日が終わった後は、ほぼほぼ毎日、
妹:「観れてなかった録画が溜まってて~~~~~」
と、毎日毎日、何時間もテレビ鑑賞。
そして、ゲーム三昧、漫画三昧してます^^;
検査日前日に、父と兄が
父兄:「やっと自分の好きな時間に自由にテレビ観れる!」
と叫んだのが印象的でした。
:
驚異的な追い上げで、第四の山の山頂ではなんとか順位を浮上させる事ができました。
モチベーションを上げた状態で本番を迎えた妹の根性を、見せつけられました。
あっちもこっちも…
妹の成績がずるずるずるずると下がり出す少し前。
兄が、救急車で運ばれましたT_T
妹の塾の保護者会中…(オンライン)
しらない携帯番号から電話がかかってきて、
母:「ん?なにこの番号???」
父:「出た方がいいんじゃない?」
出たらば、部活に行ったはずの兄が、救急車乗車中という。
電話の向こうでは、ピーポーピーポーとサイレンの音。
電話をかけてきてくれたのは学校の関係者だったので、イタズラとか詐欺ではないことは確か。
父:「妹!続きのオンラインは自分で聞いといてよっ!」
と言って、父と母は、電話で伝えられた病院に一目散。
:
この件については、ここまでにしておきます。
今まで、喘息以外には特に問題のない兄でしたが、
病院の先生:「思春期で色々と体調の変化があると、今まで見えなかった病気とかが出てくることもあるんですよ」
と、言われました。
兄は現在経過観察中ですが、きちんと治療も検査もしておりまして、普通に日常生活を送っております。
父:「心配しすぎても兄のストレスになるだけだから、今まで通りにしていこうよ」
と。
倒れた後のひと月は、病院からも学校からも、大人しくしてるように色々と制限されて、冬休みに友達と色々出かける予定を立てていたのがキャンセルとなってしまい、かなり機嫌が悪く家の中の空気もピリピリしてました。
そういうのも、妹の勉強や成績に影響してたのかなと。
今になってみると思います…
妹のポリシー
オミクロン株の感染がどんどん拡大していく中…
妹は2月2日まで、フツーに小学校に通いました。
担任の先生からも、
先生:「え?今日も来てるの?」
みたいな感じだったそうですが…
父母:「休んでもいいんだよ」
と、提言しても
妹:「休む理由も必要もないし」
と。
父母:「妹が学校に行ってる間に、受検する子たちは休んで勉強してるかもしれないよ」
と、言ってみても
妹:「いつもと違う生活リズムになる方が良くないと思う。自分の中に休む理由がないのに休むのはどうかと思う」
と。
妹:「一日中家にいたって、ずーっと勉強はできないよ。コロナで自習室もあんまりこないようにねって言われてるし。お母さんにずっと見張られるからストレスたまるし。今まで通りの生活リズムで勉強してる方がやりやすい」
と。
妹:「それにさ、私だけ休んだって感染予防にはならないよ。兄は普通に電車使って学校行ってるし、父だって週1だとしても、東京に出勤するんだから、その2人が休まなかったらリスクは下がらないよ」
確かにその通りです。はい。
かつて、兄の友達に、いました。
お姉ちゃんが受験だから、2週間学校休むって子が。
その頃はインフルエンザ感染予防ででしたが。
娘の意見を聞いて、そのお友達のお家は本当に徹底してたんだなぁ…と、9年前のことを思い出しました。
父と母は、もう、オミクロンに感染したとしても、娘の意志を尊重しようと思いました。
本人が納得いかない状態で受検をしたとしても、彼女の人生にきっと、なにかしら影を残すのではないかと思ったからです。
コロナに感染して受検できなかったとしても。
学校にきちんと通って不合格になってしまったとしても。
自分の意思をきちんと通しての結果であるので、それでよいと思いました。
逆に考えれば、
きちんと学校に通って、コロナに感染せずに受検できた。
きちんと通って、合格できた。
その方が、娘にとっても成功体験としては、とても大きいものになるのではないかと思いました。
3年前、兄も同じことを言って、検査日の前日までフツーに学校に行きました。
:
が、適性検査日直前になって、
『陽性者・濃厚接触者の特例検査日を設ける』
と、お知らせがありました。
長い1週間の始まり。
適性検査のあと、ホントは塾に解答の復元をしにいかねばならなかったのですが…
父:「解答の復元って…終わったばかりでそれは精神衛生上よくないよ。なんでわざわざそんなストレス与えるような事させるかな」
と。
私も父と同意見だったので、妹に、
母:「解答復元はしなくていい」
と言いました。
1週間、誰よりも不安なのは娘なので、
母:「問題用紙も見えないところにしまっちゃいなさい」
と言いました。
そして妹は、
妹:「午後の授業から間に合うから学校行くよ」
と言って、適性検査後、学校に行きました。
案の定、先生に
先生:「あれ?!本当にきたの?!!」
と言われたそうです。
前日に、
妹:「明日は休みの申請をしてあったけど、遅刻に変えます」
と宣言していたらしく^^;
すごいな、妹。
強い、強すぎる。
志望校、1校集中型。
妹:「滑り止めも練習もいらない!」
と、3年前の兄と同じことを言い、2/3の適性検査しか受けませんでした。
しかし、それにしても…
適性検査後に学校行くとは。
もはや、強さもマイペース振りも、兄を越えました^^;